「1ってなんだろう?」
『うんこドリル たしざん 小学1年生』の中に印字された1は考えていた。
ここは、算数ドリルの中の世界。
「1」と印字されたとて、何もやることはない。
小学生に対して「1」ということが示せればそれでよいという世界である。
ただ1として振る舞っていればいいのだ。
1はまずスマホを取り出して「1」について検索した。
『1は最小の正の整数である』
意味が分からなかった。1は文系だったのだ。
商業高校から四年生の大学に進学した1は、証券会社に勤めていたが、脱サラし小説家を目指しながらフリーターをすることにした。
そして「『うんこドリル たしざん 小学1年生』に印字される数字急募!」というアルバイトの求人を見つけ、時給980円でこの空間に居続けている。
1は「もんだい1」の1を担当している。しかし元々、1は「1たす1」の1になりたかった。「1たす1」の1の時給のほうが1800円と高いのだ。
ただ「1たす1」の1は正社員じゃないとなれないらしく、「もんだい1」の1は正社員になれない自分の学歴を呪った。

他の1たちは、コンピュータ会社に0とともに採用され、あらゆるデバイスの中で0101…となって気が付けば世の中を二進法で動かしていた。
自分の周りは立派な数字でいっぱいだ。
1は経験したことはないが、四捨五入された気持ちになった。
そうこう考えてるうちに時間が朝の5時になった。
この日の算数ドリル内のシフトは22時〜5時であった。
この時間帯は子供たちが勉強する時間帯じゃないので、算数ドリルがいつも閉じられていてすこし作業場が暗く、「モンハン」がやりにくい以外は文句がなかった。
小学生が算数ドリルを開きやすい昼間にシフトに入るとつねに小学生と睨み合いになるので、一狩りどころじゃなくなってしまう。
人に見られることは数字には堪えるのだ。
---
「あら、1くん。今日は夜番だったのねぇ」
正社員の1さんが僕がいる15ページに入ってきた。
「あ。1さん。お疲れ様です。」と1は返した。
正社員の1さんは夫の3を四捨五入で亡くしていた。しかし、3との間に出来た子供をシングルマザーとして育て上げ、今ではその子供は立派な4となった。4は巣立ちして、某有名な教科書に印字されている。
「そういえば、1くんって何年だっけ?」
「何年って…年月のことですか?」
「ちがうわよ。干支のこといってるのよ。何年か聞いてるの」
「ああ…そっちか。九年です。」
…ここでの干支とは子、丑、寅、卯、辰、巳…のことではない。
数字界でいうところの干支は円周率のことである。
昔々、数字村に数字寺というものがあり、0〜9のどの数字が一番早く寺に着けるかを競争した。
最初は1が一番速かったが、数字寺につく途中に1は油断して木陰で寝てしまい、3に越されてしまった。
そしてとうとう3が一番最初にゴールし、1は油断して木陰で寝てしまったことを後悔したというものである。
この3、1、4、1、5、9、2…の順に寺に着いたという話をもとに、数字界では生まれ年にちなんで干支が割り振られている。

「なんでそんなこと聞くんですか?」と1が聞くと
「いや、来年は三年じゃない?だから1くん年男なんじゃないかと思ってね。」
と言っている正社員の1さんの声が若干聞き取りづらかった。というのもこの15ページ内では、文章問題が提示されており、
「たかしくんはりんごを5こかいました。しかし、とちゅうで2こおとしてしましました。さてたかしくんがもっているりんごはなんこでしょう。」という文章が繰り返しアナウンスされており、この音声がページ全体を響かせているのだ。
なので1さんの声が、
「…じゃ…ね…ははっ…だよねぇ」
なんて感じで途切れ途切れになる。この文章問題の「問題」に対して辟易している数字達も多く、数字の中では「文科省もっと仕事してくれよ」なんて声もあり、文科省はたまったもんじゃない。
最後に、「じゃあ1くん、よい1年を。」といわれ
「1さんも良い1年を」と1が返すと、何だか1同士「1、1」言ってるのがバカバカしくなりお互い吹き出してしまった。
これには「もんだい2」で「2+3」をやっている2と3も笑いだし、15ページ全体が暖かい雰囲気になった。
「さあ今日はどんな1日になるのかな」
と1は思いながら「ぎゅぎゅうんっ」と算数ドリルから飛び出して、安アパートへの帰路についた。

