「寛解は難しいかもしれない」と言われた日

全身の筋肉が吊り上がる感覚に10年以上悩ませられてる話の続きです(このページはショッキングな内容は書かれていません)。

メンタルクリニックの様子(2019年頃)

最初に必要事項、症状等について記入し、医師の診察を待つことになった。

最初に診察した医師は、記入事項を見て
少しだけ表情を曇らせた。

そしてこう言った。

「寛解は難しいかもしれない」

また、僕が

「OCDですかね」

と訪ねると医師は「その可能性もある」と言った。

OCD(強迫症)とは、自分でもコントロールできない不快な考えに振り回される状態のことだというのをネットで知っており、

僕は強迫症の中でも

「ばかばかしいこと、つまらないこととわかっていても強い不安に襲われる」

という文言に心当たりがあった。

僕が自分の意思と反して考えていたことを書いていくと、例えば…

  • 「英語を学ぶと日本語を忘れ、日本語が認識できなくなるのではないか」
  • 「英語を学ぶと日本語を忘れ、日本語で学習した車の運転ができなくなるのではないか」
  • 「自分の前世は金星人なんじゃないか」
  • 「不条理なこと(ギャグ)を考えると論理的に考えられなくなり、生活に支障が出る」
  • 「他からの影響で自分のアイデアが変わってしまうのが怖くて、無意識に知識を吸収するのが怖くなる」
  • 「数学を学ぶと、自分の笑いの感性に影響してしまう」

…といったように思い付いただけでも上記のようなバカバカしいことを強迫的に考えてしまうことがあった。

そして、それらの不安を紛らわせるのに答えの出ないことをネットで調べつづけた。

今こうして羅列すると「何を書いてるのだろう」となる。

だが、いざひとつ考えが浮かぶと、次の不安が連鎖して

気づいたら頭の中がそれで埋まっているのだ。

また、自分の意志じゃない心の声の存在もこの強迫症と関わりがあるんじゃないかと考えた。

筋肉を吊り上げるときに悪魔のようなものによって促されていた気がしていたのも思い出した(僕はのちにこの悪魔と向き合うことになる。)

僕はこれらの記憶もきっかけにして精神科を訪れていた。

2回目の診察では、別の医師が担当だった。

「違うよ。君のは強迫性障害じゃないよ」

少し言い切るような口調だった。

正直、違和感があった。

1回目の医師は「その可能性もある」と言っていたからだ。

さらにその医師は、

「君の症状は他の医師でも強迫性障害じゃないって言うと思うよ」

と言った。

僕は内心、
「意見が食い違ってるけど大丈夫なのか」と思ったが、
そのまま話を聞くことにした。

そして、DSM(精神疾患の診断マニュアル)を確認するように調べはじめ

「あったあった」

と言いながら身体表現性障害を診断し、

症状の程度のところに「軽い」と表記した。

このとき僕は、
正直「このままで大丈夫なのか」と思い、不安になった。

だが皮肉にも、この医師から約6年担当してもらう臨床心理士を紹介してもらうことになった。

次回へ続く。