カウンセリングで分かったことをもとに精神分析をしてみる

読書療法で読んだ本|『敏感すぎるあなたへ』の感想と気づき(不安を止める方法)の続き。

カウンセリングを受けていくうちに、自分の筋緊張に対し「影響を受けることの怖さ」がリンクしているのが分かった。

「あっ今影響うけてるかも」と思うたびに、筋肉が緊張するのである。

人はいろんな情報や人から影響を受ける生き物だと思う。
そして、それを遮断するのは不可能である。
頭ではそれを分かってるのだが、どうしても

「影響を受けたくない」
「無意識に考えを変えられたくない」

という感覚が強くあった。
その考えが強迫的に頭に残っており、筋緊張を起こさせるのだ。


「なぜ怖くなるか」をより詳しく

なぜ怖くなるのか。

自分は、人には「何から影響を受けるかを自分で選びたい」という気持ちがあるのではないか思っている。

ドラゴンボールはカンフー映画に影響を受けているし、
逆にオードリーの若林さんは、「自分の笑いが似てしまわないように、くりぃむしちゅーの上田さんの番組を意識して見ないようにしている」と話していたりする

…といったように人の考えは触れた環境に左右されるものである。

自分の場合、そういった影響をコントロールしようとしすぎたのである。

  • 学習する前の自分のままでいたい。
  • 自分の影響されたいものだけで人格形成されたい。
  • 学習をしてない「ありのままの自分」のまま作品を描いてみたい。

そういった気持ちから、自分は無意識に入ってくる情報をコントロールしようとした。

そうするうちに、すべての無意識に脳内に入ってくる情報が怖くなった。

変わる前の自分に戻れないと思い、怖かった。

自分が変わっていくのが怖かった。

その思いが強迫観念を引き起こし、「学習恐怖」となったのだ。

自信がないこと

カウンセリングしていく中で気づいたのは、自分への自信のなさだった。

「あなたはどうしてそんなに自信がないの?」

というカウンセラーさんの言葉がきっかけだった。

情報を取捨選択をできる意志、つまり自分を信じれないことが強迫観念を引き起こしている要因

だと自己分析した。

つまり、

入ってきたものがそのまま自分になるわけじゃないのである。


「学ぶこと」の恐怖

前述のとおり、自分はいつの間にか、

「影響を受ける=危険」

という前提を持っていた。

なので

  • 情報が怖い
  • 知ることが怖い
  • 無意識が怖い

みたいに強迫観念が広がっていったんだと思われる。

そこから色々な対象へと恐怖が伝播した。

例えば、英語や数学に対する恐怖である。

「英語を学習すると、日本語の喋り方やクセを忘れてしまうんじゃないか」

「数学を学習すると、自分の感性が上書きされてしまう」

といったように強迫観念が派生するのである。


悪魔のイメージとの関連

自分は小さい頃から、「悪魔の囁き」が頭のなかに思いつくことに苦しんでいた。

この悪魔のイメージと学習恐怖について少し触れる。

自分は悪魔のイメージの正体を「不安のイメージ化」として捉えている。

自分の置かれている環境、不安と対する感じやすさ、考え方…どれが悪魔を作り出したか限定することはできないが、

不安定な心が作り出したのでは、と見ている。

自分の場合、

お笑い番組などを見ると、「情報を頭にいれたくない」と思うと同時に、悪魔のイメージも浮かび、「影響されちゃうよ」とささやかれていた。

つまり、

「影響をうけたくない強迫観念」に悪魔が便乗していたのである。

また、悪魔のイメージについては別の記事で触れたい。

自分の考えを整理すると

ここまで、影響を受けることへの強迫観念と悪魔のイメージについて書いてきた。

これを受けて自分が改めた考えとして、

情報は完全には防げない

というのを心がけている。

情報というものは、いわば部屋のホコリや細菌のようなものな気がする。

部屋のホコリや細菌も、まったく0にすることができないように、身の回りの情報も勝手に頭に入ってくるのを0にすることはできない。

完璧に周りに影響されないという考えが自分に合わないと思い、今では積極的に色々な知識を取り入れるようにしている。


この章の結論

以前は「まったく影響を受けないようにしなくては」

とか「なんで他の人は情報を取捨選択しても問題ないのに、自分は問題が起きているのだろう」と思っていた。

だが、今は少しだけ

「情報が頭に入ってくるのはみんな一緒だ」

というマインドに変わってきた気がする。

影響を取り入れたくないと言っている人でも、積極的にいろいろな人の知識を取り入れたいと言っている人でもこの条件は皆同じだ、と思っている。

「勝手に情報が入ってきた中で、自分で情報を取捨選択をする」

この考えはまだ完璧に会得できてるわけではないし、今でも不安になることもあるが、それでも以前よりかは穏やかに過ごせている気がする。

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